思い出の中のあの歌この曲

メロディーとともによみがえるあの頃の・・・

♪ 「わが里程標」(わがマイルストーン)

 

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1981年(昭和56年)度NHK全国学校音楽コンクール高等学校の部【優良校】兵庫県立赤穂高校(指揮・赤松秀幸)

「わが里程標(マイルストーン)」片岡輝作詞・平吉毅州(たけくに)作曲

 

時を追いかけ 駆けて行けば 光る街角で出会う まぶしい愛
生きるよろこびを 心にこめて 石に積もう   石に積もう
それは青春の日々の 里程標マイルストーン

 

時に抗(さから)い立ち止まれば 闇の沈黙(しじま)に深まる永遠の謎
生きるのぞみさえ 見失って 悩み惑う
それは それは それは 青春の日々の迷い路(みち)

 

けれどふたたび 陽はのぼり 行く手に並ぶ里程標マイルストーンを照らし出す
それは 先に歩いていった人々の 勇気のあかし
さあ さあ 一歩をふみだして 明日に石を積もう 明日に石を積もう
小さな 小さな 小さな石を積もう

1981年(昭和56年)度のNHK全国学校音楽コンクール高等学校の部の課題曲として、混声四部版・男声四部版・女声三部版が同時に発表された。イ長調の歌いだしに始まり、終盤ヘ長調に転じる。片岡・平吉コンビの曲は3年前の「ひとつの朝」に続く。その後コンクールを離れて広く歌われるようになり、中学生向けに混声三部合唱にも編曲された。(ウィキペディア

 

 どこかの国で冬季オリンピックが始まっているらしいのですが、全く見る気がしなくて、相変わらずYouTube三昧の日々を過ごしています。
 昼食後は鉄道路線前面展望がメインで、九州、四国を経て、今やっと地元兵庫県内を進行中(笑)
 夜は、落語、音楽、市況、たまに農業関連など様々ですが、賢い(?)YouTubeは私の好みを熟知していて、次々と「オススメ」動画を紹介してくれます。
 昨夜偶然に出てきたのが、冒頭の兵庫県立赤穂高等学校が今から41年前にNコンで優良賞(全国3位)を受賞されたときのものです。
 以前に、この動画に感想のコメントを書いていたのをすっかり忘れていましたが、いつだったか、30年余前に音楽部(コーラス部)にいた人(現在は小学校教師の男性)が、それを偶々見つけて、年賀状の添え書きに書いていたことがありました。

 

 Nコンの課題曲が近年どんな風なのかよくは知らないのですが、私が関係していた期間のそれを調べてみると、以下のような曲名があがっていました。

 

第45回    1978年
       ひとつの朝
第46回    1979年
       冬・風蓮湖
第47回    1980年
       走る海
第48回    1981年
       わが里程標(マイルストーン
第49回    1982年
       水のうた
第50回    1983年
       みぞれ
第51回    1984年10月24日
       A    君は夕焼けを見たか
    B  ひとつの朝
    C    男声合唱組曲『月光とピエロ』から「秋のピエロ」
第52回    1985年
       A    青春のノートブック
    B    混声合唱のための組曲『旅』から「行こうふたたび」
       C    男声合唱組曲『柳河風俗詩』から「柳河」
    D    落葉松
第53回    1986年
          A    さようならの季節に
    B    混声合唱組曲筑後川』から「河口」
       C    男声合唱のための組曲『蛙の歌』から「小曲」
    D    海はなかった
第54回    1987年10月25日
    A    巨木のうた
    B    わが里程標(マイルストーン
       C    ともしびを高くかかげて
    D    赤い機関車
第55回    1988年
       A    時代 -飛び立つ鳥は-
    B    冬・風蓮湖
    C    日本のみのり
    D    ねむの花

 「さようならの季節に」兵庫県予選に出場したのは間違いないのですが、翌年に「わが里程標(マイルストーン)」が再び課題曲の一つとなっていますから、この曲でも出場したかもしれません。(資料などの保管がきちんとできていなくて・・・・・)

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毎年Nコンが開催されていた明石市民会館
合唱に最適の音響のように思われました

 「ひとつの朝」わが里程標(マイルストーンもともに、片岡・平吉という素晴らしいコンビで出来上がった曲で、間違いなく後世に残る名曲だと思います。

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平吉毅州(作曲家、神戸市出身、1936-1998))

 さて、冒頭動画の穂高ですが、私などの若い頃は、兵庫県内では「西の赤穂、東の神戸(高校)」と並び称されるほどの合唱の名門校でした。

 指揮をされている赤松秀幸先生は、長らく同校に勤務された後、定年後は市のハーモニーホールの館長をされていましたが、程なくお亡くなりになりました。

 没後に先生を追悼する音楽会も開かれていたようで、その功績の偉大さがしのばれます。

 

 昨日もニュースで、文科大臣が「音楽の授業で合唱は控えるように」と言ったというのを報じていましたが、コロナ禍の2年あまり、高校合唱の現場はどうなっているのでしょうか。

 私たちの「ほぼシルバーコーラス」(笑)もまるまる2年の間休止状態ですが、3年という限られた期間のある高校生にとっては、なんともやりきれないのではと察します。