思い出の中のあの歌この曲

メロディーとともによみがえるあの頃の・・・

♪ 「軍艦行進曲」

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海上自衛隊ホームページより

【音楽】 行進曲「軍艦」 ~海上自衛隊東京音楽隊~ - YouTube

 

 夕食後のYouTube三昧の日々が続いていますが、たまに気分が晴れないときなどは、この「軍艦行進曲」を色んな団体の演奏で聴いています。

 俗に「軍艦マーチ」とも言われ、その昔はパチンコ屋の店内から景気よく流れてきたこともあってか、また、戦争や軍国主義を連想させることもあってか、ずいぶんと誤解を受けている曲ですが、我が国を代表する行進曲の一つであることに違いはないと思っています。以下は海上自衛隊ホームページより。

軍   艦
作詞  鳥山    啓
作曲  瀬戸口藤吉

一  守るも攻むるも鋼鐵(くろがね)の          浮かべる城ぞたのみなる
浮うかべるその城日の本の          皇國(みくに)の四方(よも)を守まもるべし
まがねのその艦(ふね)日の本に        仇(あだ)なす國を攻せめよかし

 

二  いはきの煙は わたつみの        龍かとばかり靡(なび)くなり
彈丸(たま)うつひびきは雷(いかづち)の        聲かとばかりどよむなり
萬里の波濤(はとう)をのりこえて        皇國のひかり輝やかせ

  日本国内においてのみですが、「世界三大行進曲」「世界の名曲」と言われている行進曲「軍艦」を〝日本人なら誰でも知っている!〟と言っても間違いないでしょう。しかし、意外と正確なことは知られていませんでした。

 「軍艦」には、行進曲「軍艦」、「軍艦行進曲」、「軍艦マーチ」と三種類の題名が使われています。海軍軍楽隊の演奏会のプログラム、レコードには、行進曲「軍艦」が圧倒的に多いことから、これが正式名称と言えましょう。一般的には「軍艦マーチ」で親しまれているようです。海上自衛隊儀礼では、制定時から「軍艦行進曲」となっていました。

 「軍艦」を英語表記で「Warship」としているものもありますが、帝国海軍では一貫して「Man-of-war」を使っていました。この単語は、かなりの英語の達人でも知らない古語のようです。

 「軍艦」の作者
 行進曲「軍艦」は、鳥山啓作詞、瀬戸口藤吉作曲の海軍軍歌「軍艦」に、大伴氏言立、東儀季芳作曲の「海行かば」をトリオ(中間部)として、行進曲にしたものです。

 

 

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「軍艦行進曲」のスコア(総譜)(海上自衛隊ホームページより)https://www.mod.go.jp/msdf/tokyoband/gallery/download/gunkan.html

 

 以前、「軍艦マーチのすべて」(1998/04/24 キングレコードより発売)というCDを買ったことがありました。

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【収録曲】
01.岩手県立盛岡第一高等学校校歌/同校応援團 
02.軍艦行進曲/海上自衛隊東京音楽隊 
03.軍艦行進曲/ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団 
04.軍艦行進曲/海軍兵学校出身者(斉唱) 
05.軍艦行進曲/海軍機関学校出身者(斉唱) 
06.軍艦行進曲/読売日本交響楽団 
07.ミャンマー・ドゥーイェ・タッマドウ(ミャンマー国軍)/ミャンマー国軍軍楽隊<斉唱付> 
08.軍艦行進曲(ハッセルマン編曲版)/海上自衛隊東京音楽隊 
09.軍艦行進曲(オリジナル変ロ長調版)/海上自衛隊東京音楽隊 
10.軍艦行進曲/海軍軍楽隊(初録音) 
11.軍艦行進曲/海軍軍楽隊(斉唱付) 
12.軍艦行進曲/東海林太郎(歌) 日本ポリドール吹奏楽団 
13.行進曲「軍艦」/奥田良三(歌) 海軍軍楽隊 
14.軍艦行進曲/徳山[王連](歌) 海軍軍楽隊 
15.軍艦行進曲/独逸ポリドール軍楽隊 
16.軍艦行進曲/海軍軍楽隊 
17.軍艦行進曲/伯林フィルハーモニック管弦楽団 
18.軍艦行進曲/巴里ムーランルージュ楽員 
19.軍艦行進曲(宮田東峰編曲)/ミヤタハーモニカバンド 
20.軍艦行進曲(中島雅楽之都編曲)/中島雅楽之都社中 
21.軍艦行進曲(和田 肇編曲)/和田 肇 
22.2台のピアノのための軍艦マーチによるパラフレーズ(中田喜直作曲)/久保浩/安藤友候 
23.軍艦マーチ(長津義司編曲)/バッキー白片/テイチクオーケストラ 
24.軍艦マーチ(寺内タケシ編曲)/寺内タケシ&ブルージーンズ 
25.ラグ・アンカタン・ラウト・ジュパン(日本海軍の歌)/イ・ワヤン・マドラ、イ・クトゥット・ムディナ 
26.軍艦マーチ/菊之家 

 それこそ多種多様な演奏形態が収録されているのですが、上述のように我が国を代表する曲として、諸外国でも演奏された音源があるのは貴重です。
   中に、「06 軍艦行進曲/読売日本交響楽団とありますが、これはあの三島由紀夫が指揮している動画がYouTubeにもアップされており、別の意味で貴重と言えるでしょう。

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昭和43年(1968)3月、読売日本交響楽団を指揮する三島由紀夫

 私が常々感心しているのは、これだけの曲(曲の作りや各パートの譜面はそれほど難しくありませんが)を明治30年(1897)という時点で、しかも作曲を音楽学校で習ったことのない一軍楽隊員が作曲したということです。

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生年
慶応4年5月10日(1868年)
没年
昭和16(1941)年11月8日
出身地
鹿児島県垂水市
経歴
明治15年に海軍軍楽隊に入隊し、作曲を始め、30年軍楽師時代、鳥山啓作詞「守るも攻むるも」の「軍艦」を作曲。33年「軍艦行進曲(軍艦マーチ)」と改作、春の神戸沖観艦式で初演された。また翌年「敷島艦」を作った。44年イギリス国王の戴冠式に軍楽隊を率いてヨーロッパ各地で演奏、大正3年海軍省が「海軍軍歌」を制作した時編纂に当たり「日本海海戦」「艦船勤務」を発表。「愛国行進曲」は昭和12年、70歳の時の作で、病気を押して書き上げた。他に「野球行進曲」など。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)

 

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2016年11月、陸上自衛隊福知山駐屯地祭での海上自衛隊舞鶴音楽隊。
「軍艦行進曲」を演奏しながらの入場。
このイベントでは、陸自、海自、二つの音楽隊が登場します。

 冒頭にも述べましたが、この曲に対する世間の偏見というものは根強いものがあります。
もう50年近くも前のこと。当時田舎の高校の弱小吹奏楽部で生徒指揮をしていた私(2年生)は、野球部の県大会予選(1回戦)が甲子園(当時の兵庫県では予選でも使っていました)で行われ、その応援にいくということで、張り切って(笑)選曲をしました。
 「闘牛士のマンボ」とか「巨人の星」(?)だとかに交じって、威勢のいい曲ということで、この「軍艦マーチ」を入れたのですが、既に引退していてお手伝いに来てくれていた3年生の女子からクレームを付けられた思い出があります。(結構キツい方だったという記憶があります)

 

※農村とはいえ、割と家が密集しているので、夏場など風向きによっては、ピアノの音、幼児の遊ぶ声、そして近年は中国語の会話(電話)などがよく聞こえてきます。
 逆に、我が家の音楽鑑賞状況(?)から、当人の思想傾向も想像されているかも知れません(笑)